ある日のビガッド | 福岡のオーダースーツと靴の専門店/Biggod-ビガッド-

ある日のビガッド

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469 お手伝い

2020.11.14

店長大神は大神母から庭が荒れているので、余分な石や土を除去し、整地をする土木作業を頼まれた。
毎朝、散歩の後、一輪車に石や土を載せて、外に捨てた。しかしビガッド菜園の農作業もあるので、なかなか進まない。

ビガッドは、今年になって火曜にお休みを頂いているので、9月の連休の火曜に一日中作業をすることにした。毎朝の農作業の時間を過ぎて、出勤時間くらいになると体が知っているのか急に重くなり、だんだんこの作業がいやになってきた(笑) 

そんな時、縁側からトモが何してるの?と顔を出した。美紀一家が前日から泊まりがけで遊びにきていたのである。「じーじの手伝いをする!」 思いがけない言葉に涙が・・。実は2年前のGWの時に簡単な手伝いを頼んだ時、トモから「僕やらない」の一点張りに、店長大神が大人げなくブチ切れて、泣かしたことがあって・・・(笑) 

小2の彼に何が出来るか考えた。店長大神が硬くしまった土や石を掘り起こし、トモがザルで一輪車に入れる・・これがスムーズに回った。一杯になると捨てに行く。帰りはカラになった一輪車にトモを乗せて、そこいらをジグザグ運転、猛スピード運転といろいろサービス!?して走り廻った。

帰ると、三男ハルの登場。僕も乗りたい!と・・・ トモが弟に一言 「一輪車に土がいっぱいになったら、乗れるよ~♪」 すると3才ハルは彼なりに頑張った。そう言ったトモはさっきよりスゴイ勢いで頑張った・・(笑) 

二人を見て店長大神もやる気が出てきて、結局10杯以上捨てに行った。その度に一輪車に二人を乗せて、近所をグルグル舞い・・・そっちの方が疲れたが、お陰で土木工事は無事完了~♪

468 オープンセール

2020.11.14

鹿児島から綾が帰ってきた。前日からオープンのお手伝い。
10月22日オープン当日はグランドハイアットでパテシエをしている同級生も加わり一緒に製造のお手伝い。

生憎の雨だったが、行列が出来るくらいお客様が来てくれて大盛況だった。なんと昼前にショーケースの中のケーキが殆ど無くなってしまい、急遽一旦販売を休んでその間にまた製造するというくらい大忙しだったそうだ。

大神母は孫の綾が手伝っているということで、仲間8人とケーキを買いに行った。品切れで焼き菓子しか買えなかった人もいたけど、買い物の後はビガッドの2Fに集合して、お茶しながら久々に山内恵介ファンクラブの集い!?(笑) 今度店が落着いてからまた行こうと盛り上がっていた。

その夜、家ではロードメイヤー(2004年店名をビガッドに変更)のオープンの時の話で盛り上がった。店長大神が東京のロードメイヤーでの修行を終え、35年前の1985年9月16日に父の昔ながらの注文服の店“いとや洋服店“を改築して、フランチャイズでロードメイヤーを併設オープンさせてもらった。もちろん理絵、綾が生まれる前の話で、彼女達が面白がって根掘り葉掘り聴いてくるので話したが、店長大神もいろいろ思い出して懐かしかった~♪ 

夏から改築を始め、店の看板も「誂服のいとや」と「ロードメイヤー福岡店」と掲げた。いよいよオープンを迎え、前日にはロードメイヤー本部より前上司が応援に来てくれた。自宅に泊まってもらい、当日は朝7時にはお店に行って、掃除や売り場のチェックを万全にして開店の9時を待った。

9時になり、10時になり・・11時になっても来客はない。息苦しかった・・空気が薄くなったんじゃないかと思った(笑) その上司も同じだったのか、ちょっと散歩してくると店を出ていった。しばらくして“傘立て”を片手に帰ってきて、「オープン記念にプレゼント!」・・だと。彼は昼食を食べて帰っていった。それからお昼2時を過ぎた辺りから来店があり、結局8着ほど注文を頂いた。

次の日に上司には応援のお礼と売上の報告をしたが、彼は自分の事のように喜んでくれたのを覚えている。懐かしくなって、何十年ぶりかに当時の営業日報を引っ張り出したが、記念すべき1ページ目のお客様の多くは父の関係だったが、店長大神の親友のNの名前があった。忘れとった。
オープンセールから一週間くらいして、当時佐世保に住んでいた友人Mから「どうや?」と電話があった。泣き言を言ってしまったら、2時間位して 「スーツ作りに来たぜ!」 とバイクに乗ってやってきた。ビックリで嬉しかった。開店の日の意気込みとあの緊張感・・懐かしか~♪ たくさんの人に支えられての開店。店長大神も初々しい時があったのだー!

“つむぎ洋菓子店”は店長大神と違ってロケットスタートを切れましたが、皆さん是非お立ち寄りお願いします。美味しいですよ~♪ 

467 つむぎ洋菓子店

2020.11.14

夏に鹿児島の綾から電話があった。9年前に2年間、中村製菓専門学校で共に学び、フランス短期留学も一緒に行った友達がパテシエの修行7年を経て、秋に独立するのだという。
そして出店場所が何と前原! 前原駅から100mほど西に行った交差点辺り(古川サイクルさん前) 長年の夢を叶える友達を最大限応援する事を頼まれた。自分もオープン前後3日程休みをとって帰ってくるという。

それから一週間くらいして、その友達がビガッドにやってきた。彼の名前は政時君・・残念ながら男性だった(笑) 彼とは2時間程、話をしたが、誠実な好青年だった。

7年前、綾がパテシエとして就職先を探す時に、いろんな人に相談すると 「パテシエは仕事をして給料を貰う所ではなく、仕事を教えて頂いた上にお小遣いを貰う所」 ・・と、殆どの人からこんな意味合いの答えが返ってきた。かなり過酷な労働環境なのである。

綾の場合、オーナーや先輩に恵まれ素晴らしい経験を積ませて頂いたが、勤務は毎日、朝6時前に仕事場に入ると夜8時過ぎまで普通に勤務で、繁忙期は・・・だった。彼に、あなたも頑張ったね・・みたいに話すと、彼の場合は夜11時までは普通だったらしい(笑) おかげで遊ぶ暇もなく、独立資金が貯まったと笑っていた。独立を夢見る職人さんだからか、親方に感謝はしても、やらされた感がなかった。

それから1ヶ月ほどして、オープンのチラシと彼が作ったシュークリームとロールケーキを持ってきてくれた。新しい仕事場で作った試作だと。いやいや・・お味は流石でした!

466 実家に帰ってきて一年

2020.11.14

昨年9月に理絵が一人暮らしのマンションを引き払って、実家に帰ってきた。引越しは店長大神と大神母と理絵の3人で荷物を運んだ。その帰りに打上げと称して、“とんかつ浜勝”で食事をした。理絵のおごりで~♪ タダなのでさらに美味かった・・・(笑)

そして1年経った。一緒に生活する家族が増えると何かと賑やかで楽しくなる。10月のある日、理絵の引越しと帰ってきてからの話で盛り上がった。
家で一番変わったのは風呂、トイレなどの水回りがきれいになった。理絵が今でも丁寧に掃除してくれている。そして店長大神の使い方が少しでも悪いと厳しく指導される。
彼女自身においては大神母のおかげで食生活が大幅に改善され、体調がよくなった~♪ だいたい最初の頃なんか、野菜一切れで、「野菜食べた!」と澄ましている。店長大神が皿一杯の野菜を平らげるのを見て目を白黒させていた。

秋の糸島ライオンズクラブの献血の日に彼女はたまたま有給で休みだった。今まで献血出来た試しがないという彼女を受付で名前を書くだけでいいからと行かせたら、31才にして人生初の献血になった(笑) 

1周年ということで、昨年に続き理絵が大神母、ついでに店長大神を“浜勝”にご招待してくれた~♪ いやはや、こんな風に親子三代、のん気に楽しく生活している。でもお嫁行きが遠のいているのが親として心配・・。 
せっかくなので店長大神はメニューの中で一番価格の高いトンカツ定食を注文した。しかし10月の理絵の誕生日には当然の様にプレゼントの倍返しを要求された・・・タダより高いものはないのである!(笑)

465 ビガッドのオーダー靴

2020.09.07

2005年、ビガッドのオーダー靴は“ハンドソーン・ウェルテッド製法”で作った靴の履き心地を多くの人に味わって頂きたいという想いでやってきた。

自分もいろんな靴の履き心地を体感しなければ、お客様に勧めることは出来ないと・・毎年2足ほどデザインを選んで作った。店長大神の靴はデザイン見本として店内に飾っている。

初めは見本が店長大神の履いている靴なので、お客様に恐る恐る 「全部私のです。中古ですみません」 と言い訳しながら説明をしていた。
しかし何人かのお客様に 「実際使うとこうなるんだと、新品より選ぶのに参考になる」 と言って頂いた。店長大神はひとり勝手にその気になって、靴の数がどんどん増えていった。

店長大神の最も口の悪いH先輩は 「何や、ここはお前の靴箱やんか、中古の靴で商売しやがって!」・・と言いながら、家族親戚含めて7足ご注文頂いた~♪(笑) あんがとさんです。

今年は久しぶりに シングルモンク、プレーンサイドモンク、プレーンサイドエラスティック というヒモ靴ではない3足を作った。そして国産の革見本にボルドー、ネイビー、明るめのキャメルの3色を追加した~♪

464 一病息災

2020.09.07

8年程前に店長大神は健康診断でクレアチニンという数値が高いことが指摘され、病院での検査の結果、間違いなく慢性腎臓病と診断された。しかし今でも自覚症状は全くない。自覚症状が出てくるほど悪くなったら、人工透析まっしぐら・・らしい。
腎臓は一度機能が低下してしまうと、元には戻らない。とにかく生活習慣を変えて、なるべく長い時間今の腎臓機能を維持するのである。

病院の管理栄養士さんから“塩分制限”と“タンパク質制限”を教えて頂いたが、その通りに実行するのは難しい。店長大神は自分に出来る事をシンプルに考えた。①ラーメン、明太子、漬物など塩分が強い物を一切食べない。 ②腹八分目(宴会の時は無理) ③雨が降ろうが風が吹こうが、朝の1時間の散歩。 

1度リバウンドしたが、75㌔の体重が今では65㌔前後で何とか推移している。血圧は上が140~150が130台までしか下がらなかった。これはこの通信で前に紹介したが、N先輩が教えてくれた「毎日、黒豆を食べる」を愚直に続けていたら、最近になってやっと120台(薬なし)で安定した。高血圧は腎臓病には一番の大敵なのである。

人工透析になりたくない一心で生活習慣を改善しているが、一生続く長丁場である。このまま続けて、「これぞ一病息災!」 になれば・・と思っている。

463 オタマジャクシ

2020.09.07

梅雨のある日、長女美紀家族が前原にやってきて、田舎の親戚のところに行って田んぼで遊んだ。そこで孫達はオタマジャクシを捕まえたのである。
街中のマンションに持って帰って育てるという。店長大神は子どもの気まぐれに付き合わされるオタマジャクシに同情した。

ところがである。久しぶりに美紀に連絡を取った時、あの可哀そうなオタマジャクシの事を尋ねると、なんと手足が生えて小さいながらもカエルになっているとの事。エサは生きたものしか食べず、ホームセンターで小さな虫を購入だと。また蚊をパチッととった時は足をピンセットで挟み口先で揺らすとパクッとくるそうだ。カエルの飼育なんて糸島人には想像が出来ない(笑) 

しかしその時に美紀から店長大神にエサの捕獲を頼まれた。カエルはまだ美紀の小指くらいの大きさらしい。考えた挙句、ビガッド菜園でミミズを捕ってあげた。もちろん小さめのを選んで・・。それを福岡市内に通勤する理絵がタッパに入れて持って行った。食べるか心配したが、刻んであげるとピョンピョンと近づいてきて食べたらしい・・。子どもの遊びをいつの間にか大神家の大人達も楽しんでいた~♪ 

後日、またエサを頼まれて、店長大神がマンションに持って行くと、美紀の小指どころか、店長大神の鼻クソくらいの小さなカエルだった。でも生きていた~!(笑)

462 三男坊最強説!?

2020.09.07

長女美紀の三男坊は3才で名は“ハルミチ”という。兄2人に小突き回されながら育っているので、そりゃあ逞しい。まともにケンカをすれば兄達が強いのだろうけど、兄達は手加減するのに突然物を投げつけたりして、兄達を泣かすこともある。5つ上と3つ上の兄の影響で“俺”とか“バカ”とかいう言葉を覚えるのも早かった。

先日の連休、長女美紀母子が前原に遊びに帰ってきた。4人目の美和ちゃんが生まれてからは、ハルミチは次女理絵に面倒を見てもらう事が多い。

そこに親戚のおばちゃんがやってきた。理絵は自分の子と間違われないよう、そのおばちゃんに「お姉ちゃんの3番目の子です。はい、ご挨拶しなさい」 とハルミチに言ったそうだ。すると彼は大きな声で 「ハルミチです。ちゃあちゃんのおちんちんから生まれてきたの!」 

何で・・・(涙) 理絵は言葉に詰まり 親戚のおばさんは大爆笑だったらしいが、当のハルミチは自慢顔~♪(笑)