
これは昨年11月のある日、仕事を終えて自宅に帰った時の話。「ただいまー!」と帰ると、いつも大神母は「お帰りー」と明るく返事が返ってくるのに、暗い顔で何も言わず店長大神を迎えた。
えー何かあったんだ?・・とビクビクしながら「どうしたと?」と尋ねると、初めて「落ちたと」と絞り出すように答える。老人がケガをして寝付くと大変な事になるので、店長大神も焦って「どこから落ちたと?」・・と。
そしたら、「恵ちゃんが紅白に落ちたと」 内心ほっとしながらも、大神母の表情を見ると冗談も言えない雰囲気。今日ずっとファン仲間と電話で慰め合っていたらしい
。今年デビュー25周年で、しかも周年記念曲の〝北の断崖“もヒットしてファン仲間で盛り上がっていた矢先のことである。
11回目の出場が叶わなかったのは、まさかの出来事で、何でかいな?と止まらない。
それから数日後、今年の日本レコード大賞の最優秀歌唱賞が山内惠介に決まったと発表があった。ファン仲間で手を取り合って喜んだ。これで何とか2025年年末の大神家に平和が戻ったー! めでたし、めでたし~♪
店長大神はビガッド1号と呼んでいる英国旗のミラウォークスルーバンと2号ワインカラーのサンバークラシックの2台に乗っている。どちらもかなり古いが2号は1995年12月に購入したので昨年末で、なんと30年。娘達に言わせると、クラシックタイプが本当のクラシックになってしまった・・と(笑)
2号は荷物をたくさん積めるので、今まで外販の時はいつも大活躍で助かっていた。
また私生活に於いても、今30後半の娘達が学生の頃、美紀の中村女子中新体操部がまさかの九州大会出場の時は、家族みんなで2号に乗って鹿児島まで応援に行った。
理絵の前原西中吹奏楽部時代は演奏会の度に大きな太鼓の運搬を2号が担当した。
そして娘達が車の免許証を貰った後、3人とも店長大神が助手席に乗って数日に亘り、一般道で自動車運転教習。社会人になっても3人とも一人暮らしの引っ越しの度に2号にお世話になっている。
娘達はこんなにお世話になったのに「お父さん、まだ乗ると?エンジン音がうるさくて恥ずかしかー!」などとバカにする。恩知らずな奴らである(笑)
でも今回さすがに30年を機に、引退してもらう事を決めた。車検が切れる最後の2週間は1号を自宅待機にして、感謝を込めて、2号を毎日運転した。30年間事故も無く、ご苦労様でした。ありがとー!
店長大神もこの年になると同窓会の誘いが増えた。高校、大学のクラスやクラブの同窓会があって大忙しである。
ずっと地元なので若い頃から同窓会には結構参加していたが、これまで集まるメンバーはだいたい決まっていた。しかし会社勤めで各地に散らばり、なかなか参加出来なかった同級生が第2の定年を迎えて、同窓会デビュー!(笑)
中には卒業以来40年ぶりに参加した者もいて 「おったおった、なんか覚えとー!」 とか 「あいつ誰かいな?あげなんおったや?」 なんて言いながら楽しんでいる。
また大学剣道部はOBが現役と普段から稽古して、新年会、忘年会など飲み会が多い。しかし他県在住で卒業以来会ってない先輩もいる・・そんな話を店長大神が1年生の時の4年の先輩とした。
特にその先輩の学年は遠方ばかりなのか、殆ど会えていない。そんな訳で、その先輩の上と下の学年を手分けして連絡をとり、飲み会をする事になった。やはり一緒に剣道した先輩達と集まるのは格別である。
店長大神が入部して2週間くらいして、初めて全部員での飲み会に連れていかれた。ワクワクして付いて行ったら、西新の郵便局の裏の浜崎酒店の角打ちだった。
そこでビールを立ち飲みするのであるが、4年の主将が 「一年生に赤貝(缶詰)を食べさせてやれ」 と言われた。二年の先輩が爪楊枝で1個突き刺して 「今日は特別やけんね!」 と言いながら、手のひらに載せられたその赤貝の美味しさは忘れません!(笑)
一年生の頃は先輩というだけで緊張し、4年生の前では直立不動だった。考えてみると、あの頃あんなに大人に見えた4年生でも3つしか違わない・・不思議である。今回、やらかしても恐怖のシゴキはない・・寂しい。 ウソです!(笑)
この通信が届いた頃に開催する。店長大神が1年の時にお世話になった主将もいらっしゃる。赤貝のお礼を言わなくてはいけない・・懐かしさでいっぱいである~♪
店長大神の試作3足が30日を軽く越えて、やっと出来上がってきました。いずれも茶色のオーソドックスな靴。(2足は今でも店頭に展示している) 前回のニュースレターに靴のことを書かせて頂いた後、すぐに8足ほど注文を頂きました。思いの外、反響があり問い合わせも沢山ありました。(中略)今回、初めて靴の工房を訪問することにしました。
そこで職人さんが「うちは流れ作業の工場じゃなく、一足ずつの手作りの靴工房!」と自慢げにおっしゃっていた。
ホントその通り6人の職人さんが黙々と靴を作っていました。もちろん機械ミシンを使ってもいいところは使うけど、中の合わせのところで糸の強弱で履き心地が違ってくるところは手抜きせず!?手で縫うと・・(笑)
サイズを調整しない場合でも、その作りだけで値打ちがあると自慢されていました。
2005年に東京修行時代の同僚の勧めでハンドソーン・ウェルテッド製法によるオーダー紳士靴を始めた。このオーダー靴には絶対の自信があったが、正直に言うと、糸島で売れるのかちょっぴり不安だった。
しかしやり始めると、ホームページを見て県内は勿論の事、県外は長崎や大分など遠方からも注文に来て頂いた。もちろんビガッドのスーツのお客様に押し売りもやった(笑)
しばらくすると、ありがたい事にこれを履いたら他を履けないと、続けて何足も注文を頂くお客様も出てきた。そして今年2025年の夏に注文数600足を超える事が出来た。20年経って職人さんも多少入れ替わったが、その心意気は変わらない。
今まで何回もこの通信の中で紹介してきたが、店長大神は伊都倫理法人会という団体に所属している。最近は若い女性会員が増え、土曜日の朝6時からの集会⁉に楽しく参加をしている。
もっとも店長大神も65才なので多くが若い人ということになるが・・(笑)
8月がこの団体の年度末で9月に一年間の出席数の発表があった。伊都では年52回開催され、店長大神は48回の出席で、一般会員の中でなんとトップだったので会長さんから表彰してもらった。
賞品は何の変哲もないマグカップだったが、みんなの前で勝ち取ると嬉しいものである。来期はパーフェクトを目指すぞー!(笑)
店長大神は2年前に倫理の富士研修所での研修でアホみたいにキッチリやる掃除を学んだ。
洗面所では水滴1つも残さないように拭き、スリッパは5ミリもズレないように揃える・・そんな事を要求された。班メンバーはここまでやるのかと呆れたが、そのうちゲーム感覚で楽しんで取り組んだ。
やると楽しいもので、研修から帰ってからは自宅のトイレ掃除を始めて、もう2年近くになる。自分で言うのも何だがいつもピカピカ!そして近頃気付いたことがある。
洗面所のシンクが薄くであるが、頑固な汚れがこびりついていた。いつかやろうと思っていたら、少しずつきれいになっているのである。大神母の仕業だろう、知らないふりをしておこう!(笑)
倫理の教えの中に「人は鏡、万象は我が師」というのがある。
今日までは、相手の人を直そうとした。鏡に向かって、顔の墨を消すに、ガラスを拭こうとしていたので、いっこうに落ちぬ自分の顔を拭えばよい。ひとを改めさせよう、変えようとする前に、まず自ら改め、自分が変ればよい。
一番上の孫が小さい頃、子どもの躾に靴揃えがいいと聞き、孫達がやってきた時に孫の前でこれ見よがしに靴揃えをやっていたことがある。いくらやって見せてもすぐにぐちゃぐちゃ。これは無理だと諦めて、それでやめてしまう。こんなバカなことをやっていた。孫もこちらの魂胆なんてお見通しなの?(笑) その後、他の会員のまったく同じ体験発表を聴いて、やっと自分が変わらなくてはいけないと気付いた。
店長大神は自分の為に靴揃えを始めた!玄関にある靴はいつも揃える。他所を訪問した時も、きちんと靴を揃えて上がる。孫が実家にやってきた時もつべこべ言わない・・・いや多少言うか⁉
なるべく黙って小さな靴も黙々と靴を並べる(笑) 何回でも並べる。するといつの頃からか、孫がやってきても、小さな靴が並ぶようになった。相手に変化を求めず、ただひたすらに自分が変わる。
ひとを変えようとする前に、自分が変ればよい。分かってるのだが、すぐに忘れてしまう・・(笑)
旅行の後、理絵家族が前原に4泊すると言う。東京からなかなか来れないので大神母と店長大神は大喜びである。
ムコ殿によると理絵の料理の腕前が一段と上達しているらしい。確かに上京した時にマンションで理絵の料理を食べさせてもらうととっても美味しかった。渾身の十八番の料理だろう(笑)
理絵にそろそろ料理の上達を見せてみろと言ってみるが、夕食は冷蔵庫にあった貰い物の高級ハンバーグ、翌日はムコ殿の実家が送ってくれた冷凍餃子、翌々日は大神母の牛肉の煮物・・と過ぎていく。
最後の夜のメニューは店長大神がつい「ホルモン鉄板をしてあげようか」というと、すかさず「わーホルモン食べたーい!」と食いついて離さない(笑)
店長大神も気合を入れたが、ホルモン鉄板は我ながら美味しく出来上がった。理絵がなかなか料理を披露しないので、大神家の中では幻の料理になっている (笑)
帰京する日、お中元でもらった食料品、ビガッド農園でとれた野菜はもちろん、ニンニクたっぷりのホルモン鉄板の残りも厳重に梱包して持って帰った。
その夜は東京の自宅でそれに野菜を追加してまた食べたらしい。美味しかったと報告があったが、何とも頼もしい娘である(笑) 2才のケイと6ヵ月のケンとたくさんふれあうことが出来たし、IT関連の仕事をするムコ殿からはパソコンの調子を診て調整してもらった。
まあ理絵家族が喜んで帰っていったのはなにより~♪
東京に住む次女理絵がお盆明けに帰福することになった。そこで長女美紀家族、鹿児島の三女綾家族がスケジュールを合わせ、大神母と店長大神、総勢16名で海の中道にあるホテルに二泊三日の家族旅行を計画した。
8月の盆明け、店は3日間の休みを頂き〝いざ出陣“! 美紀家族、綾家族は現地直行。店長大神と大神母は空港13;25着の理絵家族のピックアップを頼まれた。
空港で無事に理絵家族を出迎えて、都市高速に乗るとアイランドシティを経て、あっという間にホテルに着いたが、先着組はもうプールに入っていた。
夕食はホテルのレストランで済ませ、美紀家族の部屋に集合。そこで持ってきたブドウを出した。今回、金武に寄って、親しくしてもらっている和久農園さんに一箱ブドウを分けてもらった。甘くて美味しいと大喜びで、じいじの株が爆上がり~♪ そしてみんなでお酒やジュースを飲みながら、ゲームで盛り上がった。
2日目は主に男の子のサンシャインプール班と小さい子の水族館班に分かれた。店長大神はプール組で班長は美紀のムコ殿。彼が代表でチケットの購入をしてくれたが、彼は笑いを堪えながら、「大人は2100円で小中学生は1100円です。じいじは小学生より安い700円ですよ~」と教えてくれた。一瞬得したと思ったが、年寄りになって700円の価値 ぶどうを無心に食べる二人
しかないような淋しい気分・・(笑)
最初は流れるプールで中1トモと小5アツを追いかけていたが追いつけず、彼らと遊ぶのを諦めて、もっぱら小さいハル、ミワに付いて回った。やっぱり700円のじいさん(涙)
その日の夕食は志賀島の西側に回った食事処。車で店まで向かうが、風景がまるで志摩町の福の浦の海岸線を走っているような感じ。糸島から遠く離れた志賀島にきたが、店から外を眺めると、海のすぐそこに糸島半島があり、北崎や今津が見える! 料理も芥屋の旅館の料理みたいでしっかりとした味で美味しかった。
その夜は部屋に帰ってバタンキュー。次の日はチェックアウトの時間までみんなはホテルのプールで泳いでいたが、大神母と店長大神は部屋でゆっくりテレビ・・。11時にホテル玄関前で集合写真をとって、ここで解散! 事故もなく、楽しい家族旅行だった。 おしまい
8月の初旬の現在、7月からずっとカンカン照りで雨が全く降っていない。
夕方仕事から帰ると、真っ先に作業着に着替えて菜園の野菜に水を撒くのが日課である。
夕方に水を与えると野菜が一晩かけて水を吸収し体調を整える。
今年は、オクラの種を蒔き、たくさんの苗を植え付けた。それで毎朝20本くらい収穫している。オクラは成長が早く毎日収穫をしないと大きくなり過ぎる。
家庭菜園の定番の野菜、ナスは7月の初旬から収穫をしていたが、猛暑の7月下旬に切り戻しという作業をした。生っている実は小さくても全部収穫して枝をバサバサ切り落とし、追肥をする。夏の暑い時期を1ヶ月ほど休ませると、また秋ナスの収穫が出来るのである。
最後に7月の初めは弦ばかり伸びるものだから弦ボケしたと諦めていた味瓜(マクワウリ)。
7月の中旬を過ぎた頃、葉の下に味瓜が隠れているのを見つけ7月の末までに30個くらい収穫出来たー!こんな豊作は初めてだった。
野菜作りは本やインターネットで調べて、自分なりに工夫して栽培している。その年の気候の影響もあり、掛ける労力、費用に対して割に合わない時もあるが、可愛がって収穫した野菜は愛おしい~♪
近頃は毎朝、菜園でオクラをその場で丸かじり~。
青臭さもなく、ネバネバしてうまい!これぞ家庭菜園の醍醐味。
8月上旬の今は、毎日これらを収穫している
ナス、キュウリ、オクラ、味瓜、ヒマワリ、イチジク