
ビガッド菜園では、庭木を剪定した枝や畑から出る作物のクズや雑草を1年ほどかけて、山積みにして乾燥させる。そして梅雨前に畑の真ん中に大きな穴を掘って、燃やして草木灰を作る。
この草木灰というのは根菜類によく効く天然では唯一の肥料である。ジャングルを焼いてイモを栽培する“焼畑農業”って、学校で習ったけど、これである。
店長大神はこれをドラム缶に保管して、サツマイモやゴボウ、人参、ショーガ等を栽培する時に使っているのである。
店長大神はロールケーキが大好きである。それもプレーンな生クリームのもの・・。
綾が実家に帰って来て、落ち着いてきた頃に「作れるや?」って尋ねてみた。すると“あったり前やん!”とバカにせんでよ~みたいな顔で言う。話をしているうちに“そんなに好きなら、引越しのお礼に作っちゃろう!”ということになった(笑)・・ラッキー!
早速、翌日グリーンコープに行って小麦粉や生クリームとかいろいろ買ってきて、材料について講釈を垂れていた。一丁前にこだわりがあるみたい。そして卵は自宅の庭を走り廻っているうちの鶏さんが産んだものを使用(笑)
ビガッドにやってきて2階でシャカシャカとケーキを作り始めたが、見ていてさすがに流れるような手捌きである。店長大神が「綾はまるでプロのごたあね!」とちょっかいを入れても、集中しているのかフンと鼻で笑って相手にもしてくれない(笑)
しかし出来上がって食べてみるとパンの部分がふっくら柔らかく、生クリームもすっきりした甘さで何とも旨い。
うちのオーブンで焼いてもこんなにうまく出来るんですね。その日みんなでコーヒーを沸かして、分厚く贅沢に切ったロールケーキを美味しく頂きました~♪
3月31日、三女綾が4年間お世話になった小郡市のケーキショップ“レーブ・ド・ベベ“を退職しました。
そして5月より料理やお菓子の教室を運営している”ABCクッキング“という会社で働くことになりました。福岡の教室は天神にあるので、実家から通います。
それで親戚からトラックを借りてきて小郡から引越しです。
大神家は男手が店長大神とムコ殿だけなので、冷蔵庫と食器棚などの大きな荷物の運搬がちょっと心配でした。でも彼がとっても力持ちで、しかもトラックの運転もしてくれたので、店長大神はとっても楽ちんで、スムーズに引っ越しが完了しました。あんがとさんです!
夜は男二人で引越し祝いの乾杯だー! 理由は何でもいいのである。
但し、店長大神はいつもの如く飲むだけ飲んだら、ムコ殿を一人残して、速攻で爆睡しました(笑) ごめんなさい。
朝6:25 ホテルのカーテンを開けるとまさに日が昇ろうとしていました。福岡は今の時間まだ真っ暗ですね。
20階の部屋からスカイツリーが真正面に見えました。朝食をとって、午前中はまずスカイツリーに「いざ出陣!」浅草のホテルからゆっくり歩いて20分ほどで着きました。
見上げるとやっぱ高い!普段はすごく混んでいるらしいけど、平日の午前中だったので、比較的スムーズに上に上がることが出来ました。期待した富士山はモヤで見えませんでしたが、東京の街360度のパノラマ!すごい迫力でした。
お昼に浅草寺(せんそうじ)付近に戻り、東京名物もんじゃ焼きでサッポロビールを飲んで上機嫌。やっぱり旨い!
あとは雷門から寺までの“仲見世通り”で団子やせんべいなどを買い食いしたり、お土産買ったりしながら、真っすぐ歩けば10分のところを1時間半くらいかけて歩き廻りました。
平日だというのに人人人・・。しかし半分以上外国人でした。
白人もいましたが、ここでも中国人、韓国人、他東南アジア系・・。やはり浅草は“ザ・ニッポン”なのでしょうか?
ところでカラフルな着物を着て歩く二三人連れの若い女の子達をあちこちで見かけました。へ~って思って見ていたら、言葉が日本語じゃない。エ~?着物の彼女達も外国人!? 二度ビックリでした。
また浅草演芸ホールとかあって落語や漫才も常時やっていました。大神ママと次回はここにも来ようねと言いながら、浅草を後にしました。東京下町見物もなかなか面白かったです。
店長大神は修行時代に3年ほど東京に住んでいたが、浅草などの下町には行った事がなかった。もっぱら新宿歌舞伎町~♪(笑)
そこで今回、浅草に宿泊して観光しようということになった。
ホテルにチェックインした後、夜は浅草のホッピー通りというとこに繰り出した。たくさんの店が軒先からビニールで張り出して椅子テーブルを並べている。学祭に来たみたいでワクワクしてしまった。
ここで牛筋煮込みやホルモン鉄板、おでんで生ビールを飲みました。“サッポロ”だったけど、このビール東京で飲むと旨いのである。
料理は東京の醤油辛いのを覚悟していたら、予想に反してうま味で美味しかった。
今回、結果的に結婚30周年記念旅行のディナーが屋台みたいなとこで“牛筋煮込み”。私達夫婦らしくて、まっいいかー!(笑)
ところでホッピーっていうのは焼酎をビールで割った“爆弾”かと思ったら、焼酎をビール風味の炭酸水で割った酎ハイみたいなものでした。
カウンターの隣に座った夫婦連れの方がそのしゃべりから、どうも九州みたいで、「試しにホッピーを飲んでみよう!」と言って飲んでいらっしゃったんで、こっそり「美味しかですか?」と尋ねると「やめたがよか」って(笑)・・・ありがとうございます。
「じゃあサッポロの生ビールをもう一杯!」
30年前の1986年2月16日、店長大神と大神ママは周船寺の山水荘さんで結婚式を挙げました。
商売人の結婚披露宴は結婚の披露に留まらず、店の跡取りのお披露目でもある。であるので先代である父のお客様や取引先様がたくさん来てくれました。
当時、会場は店長大神が知らない参列者がいっぱいでした。そして主賓と来賓の挨拶で1時間・・・。おかげで、乾杯の後は司会者のコントロールが全く利かない“飲めや飲めやの大宴会”になってしまいました(笑)
あれから30年、店長大神と大神ママは山あり谷あり、何とかかんとかやって参りました・・!
2月のとある日、娘達ムコ殿が全員集合して、結婚30周年を祝ってもらいました。
ケーキは三女綾が特製オリジナルを作ってくれるとは聞いていましたが、30周年なので3段重ねにしてくれました~! そこで娘達に急かされて、ケーキ入刀までさせられました(笑)
店長大神の母を語るのに糸島が生んだ演歌歌手“山内惠介”無しでは語れない(笑)
これまでは彼がテレビに出演する時はファンの仲間から事前に情報が流れてきて、テレビの前に正座をして待っていた。
近頃はテレビによく出演するようになって、「よくぞここまで来たね~♪ もう私の役割は終りやね。これからはなるだけ大人しくしとこう!」って言っていた。
ところがである。11月26日。ついに紅白の出場が決まり、北海道や宮崎、長崎などあっちこっちから「よかったね~♪」と電話の嵐。
そして次の日になるとファンの仲間が自然と集まって喜びの集会!?(笑)
そこで 祝 山内惠介 紅白初出場! と書いた大きな垂れ幕を作って、前原駅の外壁に提げようと盛り上がった。
この時、母を始めファンの仲間みんなの興奮状態は最高潮に達していた(笑)
店長大神に垂れ幕の製作を言いつけ、ここからおばさんパワー炸裂!“山内惠介”は糸島市の観光大使なので、仲間達と市役所に押し掛けて、駅に垂れ幕が提げれるように交渉に行きました。
それは実現しませんでしたが、そんな事でめげません!(笑)
今度は糸島市商工会の建物に狙いを定めました。ここに顔のきくファン仲間のM氏に協力を頂き、商工会が惠ちゃんファンのおばさん達の勢いに押されて・・いや、その思いに理解を示してくれて、ド~ンと念願の垂れ幕を垂らすことが出来ました。
めでたし、めでたし! 大晦日の紅白では惠ちゃんは頑張ったことでしょう!
三女綾のパテシエの修行も4年目になった。最初は店内の販売に始まり、半年くらいして厨房に入った。今では後輩もできて中堅の立場だそうだ。
彼女に後輩の面倒はちゃんとやっているかと尋ねたら「うん、やってるよ。でもこの前私がちょっと叱ったら、その子が陰で泣いていたって同僚が言っていたんよ」・・とさらりと言う。
彼女は自分に厳しいけど、他人にも厳しい・・たぶん。店長大神もよく叱られていたから(笑)
店長大神はわざわざ後輩の嫌われ者にならなくてもいいんじゃないと?と言うと「私も最初の頃、先輩に叱られてつらい事もあったけど、今の立場になってやっと有り難いと思うと。
今嫌われても、わかる時がきっと来るから、それでいいと~♪」
おいおいホントにあの綾なのかい? 綾の言葉しか聞いてないんで本当の所はわかりませんが、彼女なりに頑張っているようです。
そしてオーナーを始め先輩、後輩・・素晴らしい仲間に囲まれて幸せ者であることは間違いありません!感謝!!